5月下旬の雨の日のこと、いつものように神保町の出版社で次の原稿についての打合せをして東大前の事務所へと向かっていました。311以後、災禍や復興をテーマにした原稿依頼が増えていますが、書くたびに胸が潰れそうになります。 打合せでも、励ましたいのに(雑誌を売るために)惨状を弄んでいるかのようなうしろめたさに苛まれることが多々あります。 昨日も今日も被災地の人たちはきっと先の見えない不安のなか。津波だけで終わらなかった311以後。どうしてよいかもわからない無力感。埒のあかない周囲への絶望感。人を責めても前には進めないこの鬱屈。向こうの皆さんにもこの雨は降っているのだろうか、いっそ降りしきる雨にすべてを流してしまえたらいいけれど・・・ 沈鬱な気持ちをふり払いたいのと、たいして荷物もなかったのとから「今日は歩こう」と三田線[春日]駅で下車し、A6出口から地上に出ました。 でも、目の前の言問通りは雨がそぼ降って、ますます気分はふさぎそう。ここはちょうど白山通りと交わる西片の交差点。 いつもならタクシーで景色が飛んでしまうこの径を歩くと、すぐに「5月1日に開店しました」というチョーク書きの文字が飛び込んできました。ちょうどなんとなく雨が強くなり始めた気がしたので「よし、入ってみよう」とドアを開けました。すると、小柄だけど印象深い笑顔で女性が迎えてくださいました。すでに「オムライス」に心が決まっていた私は、でも一度は、とメニューを拝見し、やはりオムライスに。待つ間、気持ちを整えつつ記事のプロットをケータイでメモ。 傘さす人が通り過ぎていく外の様子を見ながら、また思いました。降りしきる雨にすべてを流してしまえたらいいのに・・・ オムライスが来ました。いえ、実はその前にいただいたジャガイモのスープですでに私は思っていました。なんてやさしい味なんだろう・・・ 凝りに凝った味わいに胸を張るシェフのお店ならいくつも知っていましたが、やさしくて「お疲れさま。午後も頑張りましょうね」って声が聴こえるスープは初めてでした。 だから、オムライスのほっこりとした温かさと酸味が主張しすぎないデミは「あっ、スープと一緒だ」と思いました。 なんてやさしい味なんだろう・・・そう噛み締めながら、繰り返し繰り返しそう思いました。 そう思ったから、しげしげとお店を見まわしました。さっきの女性と厨房の男性を見ました。小声でピッチャーのしずくをふき取りながら話している姿を見て「あっ、ご夫婦なんだ」とわかりました。おふたりの表情で「やさしい味」についてストンッと落ちたように合点がいきました。 だから思いました。このお店には、きっとこのやさしさに逢いたくて足を運ぶ、そんなお客さんが増えるんだなって。雨が降っていても、燦々照りでも、きっとここにはそれがある、おふたりを見ていてそう思いました。 忙しさや、客足のぶれに左右されずに、その貴さをいつまでも持ち続けてほしいと希いました。 311。やがて心のなかの雨があがる時季がきっとやってきます。それは決して晴れわたるようなそんな景色じゃないかもしれない。だから、もしつらくなったら、みんな、おいで、と言えるような心を寄せる場所があってほしい。 東京の西片にそういうお店がひとつ、できました。レストランツムラさんの誕生を心から歓迎したい、そう思います。
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福島沙織 志村夏実さん、コメント、参考にさせていただきました。 ありがとうございました。 定期的に通えそうな好印象なお店でした。
2011/06/28 21:33