いま、久留米で一番!大人気のラーメン!昭和二十七年創業清陽軒。ここは、大砲ラーメンの元祖の店だ。この清陽軒の一周年に行った。昨年5月に復活オープンした清陽軒は、久留米のラーメン業界に凄まじいインパクトを与えたが、一年経った今もその勢いは衰えることなく、相変わらずTOP集団を走り続けている。ここ最近ではラーメンのスープも更に円熟味を帯び確実に美味しくなっている。というより昔に近づいてきていると言った方が正解かもしれないが・・・久留米ラーメン清陽軒のとんこつラーメン。ここの「呼び戻しスープ」の材料は、「水」と「とんこつ」のみ。それを「継ぎ足しながら作る」たったそれだけだ。しかし、だからこそ!そのシンプルさ故に!一木氏(清陽軒二代目)の「経験」と「知識」が最も重要になる。究極のカオスなのだ!!そして、これに「煮込み時間」というエッセンスが加わった時に、初めて完成する。それが一木氏の目指す究極のとんこつラーメンなのだ。これからも味の研摩を重ね、更にとんこつラーメンの高みを目指してほしいと思う。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++いま全国で話題になっている大砲ラーメン。しかし、そのルーツは、この久留米清陽軒にあったのだ!【久留米清陽軒から始まる歴史】《元祖》久留米清陽軒【長男】→→→(親戚)→→→大分清陽軒 ∥(兄弟) ↓(弟子)富山南京千両【長女】 福岡清陽軒 ∥(兄弟) 久留米大砲ラーメン【次男】 ∥(兄弟) 小倉清陽軒【三男】+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++清陽軒に行った。ここの魅力のひとつには、ラーメンも美味しいがサイドメニューも中々のものということがある。中でも特に美味しいのが「焼めし」これは超オススメだ!清陽軒秘伝のチャーシューと元ダレを使いよく炒めた「焼飯」は絶品だと思う。無料で食べれる「辛子高菜」は、結構どこの店にもおいてあるが、ここのは、自家製の手作りで、味も他と比べて全然レベルが違う。すばらしく美味しい!+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++【久留米ラーメンの源流のひとつ】清陽軒のラーメンは、豚の頭のみでラードを使用せずに、丸3日間掛かって丁寧に作りあげる純粋なとんこつスープ。これは短時間で簡単には出来ない究極の職人技だろう。最初にスープを啜った時は、サラッとした飲み口で、 ん!?うすいかな???と一瞬感じるが、食べ進んでいくうちに、だんだんスープの美味しさが増していき、最後の一滴までスープを飲み干せる不思議な味。とんこつの旨みを後から感じる“綺麗”という表現がよく似合う上品な豚骨スープ。今、流行のラードでギトギトの脂まみれのラーメンとは、全く正反対のラーメンだ。昨今の外食産業の濃い味に慣らされた口には、うす味!?に感じるかもしれない。が、そうではない。なんとも懐かしい且つ新鮮な味。温故知新とでもいうべきか・・・九州ラーメンの元祖である昔の久留米ラーメンを、今に伝える究極の一杯。昔の久留米ラーメンの源流のひとつであり、脂っこいだけの豚骨ラーメンとは確実に一線を画す味だろう。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++《清陽軒の歴史》1952年(昭和27年)若き二人の兄弟が、久留米市本町ロータリーの第一銀行(現みずほ銀行)前で清陽軒という名の小さな屋台を立ち上げた。二人の名は…兄の香月浩さん、そして、弟の香月昇さん。 後に、弟の昇さんは独立し、大砲ラーメンを開業した。(現在は2代目 香月均氏)。清陽軒は、二代目の一木公治さんが暖簾を引き継ぐが、2006年2月に一度、暖簾を下ろした。 しかし…熱き常連客が書いた『清陽軒復活』を願う一通の手紙から、有志らの手によって清陽軒復活プロジェクトが結成され、2009年5月、ついに久留米ラーメン清陽軒が復活した!
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空の軌跡2009 いい話ですよね。
2010/12/18 23:22