「札幌出張の際には必ず立ち寄る鮨店」風俗店と飲み屋が集まる雑多な界隈にぼんやりと佇む「○鮨」の看板、暖簾をくぐると美しい白木のカウンターに10席、座敷などはない。大きな体を小刻みにゆらし黙々と握りに仕事を入れる大将は、そのぎょろりとした視線で新たに入ってきた俺を一瞥する。「いらっしゃい。ひとり?」身の竦むような一言。こちとら、鮨に関しては銀座赤坂で経験を積んできた。札幌最高峰と言われているすし善本店にも数度となく行っている。ここがどのような店であっても、鮨屋である限りはおれにも敷居を跨ぐぐらいの資格はあるはずだと、そんなことを考えながらカウンター中央に着席する。若干の緊張を残しつつもつまみから一通りおまかせで注文。刺身は平目からである。決して固くなく、かつ腰砕けではないしっかりとした歯応えと舌の奥でじわりと感じる脂とうまみが絶品。これは本物だ。その後、数点の刺身の後に煮蛸が出た。蛸なのに「ふわっと」した食感、煮汁が良く染みこんでいて、思わず「旨い」と声を上げてしまった。それを聞いた大将が「うまいっしょー、時間かかるんだけどね。」と、話しかけてきた。そこから店に入った直後の「寡黙な鮨職人」の印象はどんどん薄れ、すし善で修行していたときの話、「○鮨」という名前の由来、銀座小笹で修行している息子さんの話、回転すしもたまに食べに行く話などなど、多くの話を楽しく聞かせてもらった。最初は敷居が高そうに感じたが、それがとんでもない勘違いだったということだ。肝心の握りは、ネタがいいのは当然として、シャリの大きさ固さ、ネタとシャリの温度、酢の具合等どの仕事を取っても俺好みで文句のつけようがない。札幌の鮨店はネタがいいだけで、ネタとシャリのバランスを考えていない店が多い。よく「北海道は回転寿司ですら十分おいしい」と言っている人がいるが、それは、一貫一貫が完成された料理である「鮨」の話ではなく、ただの「ネタ載せ酢飯」の話なのだ。混同してはいけない。その点、この○鮨は全国どこの鮨屋と闘っても恥ずかしくないものを出す。この店のお客さんはほとんどが常連さんとのことだが、それもそのはず、ここには大将の人柄と本物の鮨がある。俺も今では札幌出張の際に必ず立ち寄る、大好きな店である。
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